「空の枝」を生かす
編集とは、捨てることと見つけたり。
紙からウェブにうつって、より明確になったのはココです。
捨てて捨ててもっとも良い部分を生かす。
これに尽きるのではないかと思います。
そしてその捨て方、削ぎ落とし方に個性がでる。
生花(私は池坊をやっています)には、空の枝を生かす、という言葉があります。
空の枝とは、挿さない空間に無限の生命をとらえる…絵でいうところの余白の魅力のこと。
花を生けていると、「空間」を意識せよ、とよく言われます。
生花はアレンジメントとは違うので、3Dで生けるのが基本であり、この空間をどう作るかで、花の見え方が違ってきます。
見え方というのはつまり、生かしたい花がいちばん綺麗に見えるポジションですね。
制限(生け方にも当然ルールはある)があるなかで
この花がいちばん美しく見えるポジションはどこかいな…花を見ながら考えます。
これは空間だけでなく、草花そのものにも言えること。
まずその植物をよく観察して、生けるときは、かなり大胆に枝葉、花、つぼみ、をカットします。
正直「超もったいない」ことこのうえないのです。
私も始めたばかりのころは、
「自然を生かすのが生花だ」
と言うてるくせに、
手を加えて(カット)生けるって池坊さんよ、それは矛盾じゃないのかね??と先生に噛み付いたりしていました。
が、回を重ねるごとに、カットすることで、より自然美に近づけていく、近づくという概念がうっすらわかってきたように思います。
編集は引き算というのは、昔から語られていることですが、
私の場合、手を動かすこと(=花を生ける)で、いっそう腑に落ち、日々の仕事のなかで確信もつことができました。
思えば子供の頃から、情報量の少ない洋誌(の日本版)が好きでした。
なんの参考にもならない9〜10頭身の外人モデル、セレブが砂漠とかジャングルとか…
とにかくそこどこやねん的な場所で謎ポージングをキメているやつ。
商品の情報は値段くらいです。
それでも、その洋服や靴バッグが素敵に感じられたのは、エディターがアイテムを最大限に生かす構成を考えていたからだと思います。
世界でもカリスマ、と言われるスタイリストやエディターが褒められてる部分でココなんじゃないでしょうか。
異常な世界でも、目がいくように編集するスキル。
時代は今LDKですが、真逆の方向で作れるかが、編集者においては重要で、それがその人の技術・才能だと思っています。
*LDKをディスってるわけじゃない
というか捨てることができれば、どっちもできるんですよね。
Mbe
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